クック来航当時、ハワイ諸島は各地のアイリ(酋長)が勢力争いを繰り返す
戦国時代であり、クックの来航によってもたらされた異文化は
更にハワイの歴史を大きく変えていく事になります。
ハワイ島の大酋長であったカメハメハは(天下統一を果たす者として予言されて
誕生した)いちはやく西洋の武器と戦術を学び、またたく間に全島を統治し
1795年、ハワイ王朝の最初の王となったのです。
ハワイ王朝は、その後約100年間、独特の文化と歴史を持つハワイ王国となりました。
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カメハメハ王
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カメハメハ1世以降、カメハメハ直系は5世まで約77年続き、
カメハメハ直系が途絶えた後は、ハワイ議会が選出した「人民が選んだ王」として
ルナリロ王、カラーカウア王、リリウカオラニ女王(カラーカウアの妹)と、
ハワイ王朝は続いていきます。
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カラーカウア王
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ハワイ王朝は、アメリカやヨーロッパ諸国との交流を深め、
法律を制し、それをサポートする欧米人も増えて、やがて反王朝はも現れますが
国の為に尽くし、王朝を守り抜いていました。
しかし、7代目王朝、カラーカウア王の時に建てられたイオラニ宮殿の建設費や
同王の世界一周の旅などで王国の財政は壊滅状態となり
大幅な増税が求められるようになってしまいます。
これに不満を持つ「アメリカ併合推進派」と「王権派」の対立は激化します。
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イオラニ宮殿
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1893年8代目リリウオカラニ女王の時、アメリカ軍に女王退位を迫られます。
女王は愛するハワイ人達の流血を避ける為、これに従い、
イオラニ宮殿に幽閉され、ハワイ王朝は終わりを迎えました。
この時の王が、初めての女王リリウオカラニでなければ
ハワイの歴史はどうなっていたのでしょうか・・・?
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リリウオカラニ女王
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1894年 暫定政府、ハワイ共和国樹立
1898年 アメリカ合衆国領となる
1959年 8月21日 正式にアメリカ合衆国の50番目の州となり
現在に至っています。 |

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